まず最初、私の実家のお店の屋号なんですが
江東屋と申します
大変立派な屋号でありますね・・・
でも、従業員ゼロ 親父殿ひとりの人形焼屋
でございます
江東屋は昭和30年頃普通のお菓子屋さんとして
江東区毛利にてス タートしました
昭和40年代中ごろに人形焼を焼き始め
昭和50年 江東区東砂に居を移し現在に至ります
親父殿が人形焼きを始めてから約半世紀
親父殿は毎日人形焼を焼き続けて参りました・・
始めた当初 まだ若いおじさんだった親父殿もいつしか正真正銘のおじいちゃんとなり果てた・・
にもかかわらず ほんのい最近まで我々家族のため黙々と人形焼を焼き続けてくれました(感謝!)
そんな親父殿が難病(病名は伏せときます)をお医者に言い渡されたのが1昨年
でも・・ご安心下さい 生きてますよ 親父殿は今も懸命に生きてます・・・?
う~んちょっとまてっ・・親父殿の性格からは懸命というフレーズはちょっとふさわしくないかな?
懸命というより どちらかというと
淡々という言葉が合うかな・・
いくつになっても人間死ぬのは怖いはずですが そんなそぶりは我々家族に一切見せず
「いつでもいい、年には不足はない」
っと、言いながら 淡々といきてます
お店が閉まってもう2年 今でも親父殿の人形焼を買い求める人が訪れます
親父殿 あなたの人形焼はみなさんに愛されていたんですね もう親父殿が人形焼を焼くのは無理かもしれないけど・・・
せめてもう一度、元気になられて欲しい
元気になられたら子供一同と温泉にでも参りましょう、
ブログをご覧の皆様には これからはじまる江東屋の思い出話に聞き耳を・・・
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