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田中角栄 

 田中角栄元総理をご存知でしょうか
若い人にとってはロッキード事件とか言っても
ピンとこないでしょう 
教科書に載ってる?  みたいな感覚でしょうな

 私が子供のころは総理大臣と言えば角栄さんでした
近年、角栄さんの手腕や業績って見直されているみたいだけど
当時は あの剛腕を振るうやり方にすこぶる評判が悪かった
彼の出身地である新潟県は裏日本と呼ばれまだまだ貧しい
状態にあったが彼の剛腕により公共工事を呼び込み県民の
多くがたいへん潤うことになった



 実は我が末広通り商店街でもドラマがあったのです
舞台は敬老祭り準備の打ち合わせを行う商店街の集会所
敬老祭りとは今年で3回目となる商店街を盛り上げるイベント
(確か第1回目の模様はこのブログでも取り上げているはず)

ここで商店街の理事に就任したうどボンが話を切り出す

あのね、過去2回のイベントについてなんですが
車両通行止めも 銀木犀(ぎんもくせい・高齢者住宅)から
あちら側で祭りのイベントはすべてヒガしん(東京東信用金庫)
さんのあたりですよね はっきり言って
我が江東屋は完全に蚊帳の外という状態なのでは・・

 ええ、もうはっきりと言いましたよ 我が江東屋とすえひろたこ焼の利権獲得のために
 はい、お陰様で車両通行止めは我が江東屋さんの前までとなり
江東屋さん斜め前にある商店街集会所で輪投げ大会みたいのを行うことになりました(ヒガしん職員さんのご尽力)
 私はその日ミニミニ・プチプチ・マイクロ田中角栄となったのであった





皆さんにも見せてあげたかった
商店街会長さんを前にして凛として要求を掲げる.私の雄姿を
あの時の光景を見た者はきっと  息が苦しくなるような
ピーンと張り詰めた空気を感じたに違いない
 それは、まるで日本刀を間近で見たときのような
静寂のなかにある研ぎ澄まされた緊張感だった





















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